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福岡高等裁判所 昭和46年(ツ)3号 判決

上告人 森川磐石

右訴訟代理人弁護士 佐竹新也

被上告人 出田英子

〈ほか一名〉

主文

原判決を破棄する。

本件を熊本地方裁判所に差し戻す。

理由

(上告理由第一点について)

土地境界標識用として天頂に十文字を表示したコンクリート製一〇センチメートル角の杭が埋設されている地点を境界点として指示したときは、特段の事情のない限り当該杭の天頂の十文字の中心を指示点と解すべきことは社会通念上当然のことであって、第一審における被上告人末竹茂本人尋問において、上告論旨が指摘するとおりの供述が一部にあっても、同人は同一期日の証拠調で直にこれを訂正して境界点は前記杭の天頂の十文字の中心であると供述しており他に右特段の事情の存在をうかがわしめる証拠はないので、原判決の是認した第一審判決添付図面において前記のようなコンクリート製杭の埋設点をもって表示した(ヌ)点については上告論旨の主張する不特定のかしは存在しない。

さらに論旨は同図面の(ル)に表示する地点の不特定を主張するが、同図面の記載によれば、(ル)点は本件係争宅地とその東側道路に設けられている側溝との境界線上にあること、同じ境界線上の四八番三宅地東側の石垣の南東角(同図面において(チ)と表示された地点)から南に一、八五メートルの点であること、さらにそれぞれ現地にコンクリート製杭が埋設された同図面において(ヌ)、(ル)と表示された点を結ぶ直線の延長線上にあることが明らかである。そうすると右図面の記載によって(ル)点は優に特定されているものと解すべきであるから(ヌ)点と(ル)点についていづれもその指示する点が不特定であるとする論旨は採用できない。

しかし、原判決の是認した第一審判決主文ならびに同添付図面において境界を確定する点とされた(ホ)点については、当事者間に争いのない地点であることは判文上認められるものの、これを現地について確定すべき説示を欠くことは論旨主張のとおりであって、原判決にはこの点に関する主文表示の境界線不特定のかしがあるといわなければならない。

さらに論旨は同図面に(ヘ)と表示された地点の不特定を主張するが、第一審における検証調書の記載によれば(ヘ)点として被上告人らの所有地と北隣の隣接地との境界線上にあって、同線上にあるめばるの木から西方一、九〇メートル、被上告人出田英子所有建物北西角から北西方二、一〇メートルの地点が表示されているものの、原判決および第一審判決主文に表示された(ヘ)点が右検証調書記載の(ヘ)点に該当することについては之を首肯するに足る判示なく、その他(ヘ)点については之を特定するに足る説示は見当らない。

よって、(ホ)点と(ヘ)点について、これが特定なしとする上告論旨は理由があり、原判決は此の点において破棄を免れない。

(同第二点および同第三点の3について)

論旨は原審が上告人の申立により関係土地の地積鑑定を命ずるに当り、実測すべき土地の範囲の指示について釈明を怠ったため、鑑定の結果は目的物の不特定というかしを帯び、証拠価値を半減したのは審理不尽の違法があり、鑑定結果による実測地積と、登記簿上の地積の間に誤差許容限度を超える相違があり、その相違を本件境界確定につきしんしゃくしなかった理由が首肯するに足るものでないとして原判決は理由不備の違法があるかまたは経験法則に違背して本件境界を確定した採証法則違反を犯しており、それらの違法は原判決に影響を及ぼすこと明らかであるというにある。

およそ分筆手続によって新たに設定された境界が争われる土地境界確定事件の審理に当っては、境界確定の資料として登記簿上の地積と関係土地の実測地積の相違を重視すべきであり、右境界確定事件の審理に当り、関係土地の地積実測の鑑定を申立てた当事者が、争ある境界のいずれの主張を基準としての実測を求めるのかを明らかにしていないときは、裁判所は鑑定を命ずるに先だち、釈明権を行使し、実測すべき土地の範囲を明らかならしめる義務があると解するのが相当である。しかるところ本件について検討するに、原審は上告人からの鑑定申立に基き鑑定を命ずるに当り鑑定申出人において実測する土地の範囲を明白に指示していなかったのに、その趣旨を釈明することなく漫然鑑定を命じ、そのため鑑定人名川義人の鑑定結果は、目的物の不特定な土地を実測した欠陥を蔵しているのに、原判決はこれを証拠として事実認定の資料に供しており、右事実は判決の主文に影響するものであるから、原審が上告人の鑑定申出に対する釈明権の行使を怠り、その鑑定の結果を事実認定の資料に供したのは、審理不尽の違法を犯したといわなければならない。

ところで、上告人が本件境界を争う主たる根拠は、被上告人ら主張の境界による被上告人ら所有地の地積が登記簿上の地積を超えているとするにあると解されるところ、原判決は実測地積と登記簿上の地積に若干の相違のあることを認定しながら、これを境界確定にしんしゃくしない理由として、分筆時の測量方法の杜撰と分割が坪数を基準としたものでなく、既存の建物の位置関係を基準にしたことによる登記簿上の地積の不正確を挙げているが、右の説示が首肯するに足りないものであることは論旨のとおりであって、原判決認定の境界を基準として実測した場合の被上告人ら所有地の地積が登記簿上の地積を著しく超えることが確認された場合には、この事実を境界確定にしんしゃくする必要があることも考えねばならない。

原判決が叙上のこれらの点に思いを致すことなく直ちに境界を確定したことは審理不尽の違法をおかしたものというべく、この違法は原判決の結論に影響することが明らかであるから論旨はこの点において理由があり原判決は破棄を免れない。

(結論)

よって原判決は、その余の論旨について判断するまでもなくこれを破棄し、本件についてさらに審理させるため原審に差し戻すこととし、民事訴訟法第四〇七条第一項により主文のとおり判決する。

なお原判決の是認した第一審判決は被告氏名を末武茂と表示し原判決および第一審判決は第一審被告氏名を安藤査と表示しているが右はそれぞれ末竹茂、安藤査の誤記である。

(裁判長裁判官 弥富春吉 裁判官 原政俊 境野剛)

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